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【心の旅(フィクション)】 永遠の幸せ

ひっそりとした森に迷い込みました。

やがて一人の男性と出会いました。

森の中に木で作ったテーブルとイスがありそこで男性は何かを書いていました。

「何を書いているんですか?」

「小説を書いているんです」

「へえ小説ですか。すごいですね」

「すごくなんかないんです。私の理想の世界を小説の中に書いてるだけなんです」

どうやら好きな人がいるらしくて、その人と結ばれ幸せになる話を書いているそうです。確かにその小説が完成すれば自分だけの幸せな世界が永遠のものとなるのかもしれないですね。そんな愛の向け方もあるんですね。

「あなたも自分の理想を小説に書くといいですよ。あなたの理想は何ですか?」

「僕の理想ですか・・・」

パッと言われ即答できませんでした。
ダラダラと生きてる証拠ですね。
もっと目標を持って自分の信じる幸せに向かって進むべきだと教えられました。

子供番組の活用

僕は子供の頃、狂ったように子供番組を見ていました。
教育テレビ、アニメ、特撮ヒーローものなど。

僕の母は「マンガなんか大嫌い!」と言い、子供が子供番組を見ることを良くは思っていませんでした。
そう、母は知らなかったのです。
子供はテレビ・アニメから多くの情報を得て知識を蓄え、道徳心をも養っていることを。

実際僕は、悪いことは良くないこと、優しい心の美しさ、友達を大切にすること、など多くのことを子供番組から教えられて育ちました。
それは母の「勉強さえしていれば幸せになれる」という教えよりも、人間として大切なことばかりでした。

それを良く知っているので僕の子供には喜んでテレビのチャンネル権を与えています。
かといってただ見せているだけでは芸がないので、こちらも番組の内容をある程度把握しておいて活用します。たとえば僕の子供の頃からあるゴレンジャーシリーズのボウケンジャーには野菜大好きのヒーロー、ボウケンシルバーがいます。野菜を食べるのを嫌がっているときには「ボウケンシルバーは野菜をいっぱい食べてるから強くてかっこいいんだよ」というと面白いように食べてくれます。

長男が3歳のころトイレトレーニングがうまくいってなかったときは「マジレンジャーの剣を買ってあげるからトイレ頑張ろうか~」というと、その日にできるようになりました。

しかし先日、何も考えないでボウケンジャーのロボットを買ってあげてしまいました。あ~条件出すのを忘れた~と気付いたときには後の祭り。まだまだ親として未熟です。

これからも子供の健やかな成長のためには子供番組も有効に活用していきたいと思っています。

【心の旅(フィクション)】 闇と孤独へありがとう

暗い孤独という闇にまぎれこみこました

嫌な暑さの中、冷えたビールを飲み
暑さに感謝するように

嫌な寒さの中、こたつでみかんを食べ
寒さに感謝するように

嫌な孤独の中、いったい何が
孤独を感謝へ導くのでしょうか

一人闇の中、その時を待っていました
しかし、わからないまま闇から開放されました

そして開放されたから、わかったこと
永遠の闇、永遠の孤独なんてものはないのだということ
自分自身に闇や孤独から抜け出す許可を与えればいいのだということ

そして

闇があるから、光の美しさに感動するということ
孤独があるから、人の温かさに感動するということ

一人静かに、過ぎ去った闇と孤独へ感謝しました

ありがとう

【心の旅(フィクション)】 否定の渦

愛という感情を肯定する人と否定する人が話し合いをしている場面に遭遇しました。

ずっと見ているとその姿は愛について語っているのではなく「なんでお前は愛を信じるんだ」「どうして君は愛を信じないんだ」という相手を否定してるだけのように見えました。

そうして僕は無意識にその二人を否定してしまっていて、そんな僕を見た誰かがまた僕を否定して・・・そしてその人をまた否定する誰かが現れて・・・無限に続いていくんです。

無限に否定が続いていって嫌な世界だなって思ったんですけど、ずっと見ていると気づくものですね。

僕が人を否定しなければいいのだと。
それだけで世界を否定することもなく悩むこともなくなるのだと。

改めて最初の二人を見てみました。

自分の主張を熱く語る目を輝かした二人がそこにはいました。

僕を否定していた人を探してみましたが姿はもうありませんでした。

肉食を考える

前にも書いたように父は獣医でした。家畜の盛んな町だったので小さい頃によく父の往診についていき、牛や豚と接する機会が多くありました。牛の瞳はとてもキレイです。自分の何十倍も大きい牛ですが性格は温厚で、よく眉間のあたりをなでていました。子豚はとても無邪気です。少し怖がりながらも人間に好奇心を持ち、じゃれてきたりします。まるで子犬のようです。

そして、かわいいなあと思った日の夕食に牛肉や豚肉が出されるわけです。子供だった僕はとても複雑な気持ちで胸を痛めていました。子供ですから出された食事を食べなければ生きていくことはできません。やがて普通に肉は食べなくてはいけないもの、と洗脳され成長しました。心の奥に傷を背負ったまま。

レイキのアチューメントを受けてから肉を食べることへの興味がぐっと減りました。レイキのアチューメントを受けると、その人に適した状態へと自然と自分を導くようになっていきます。もう肉をほとんど食べなくなっていましたが、ある日付き合いの席で肉を出され、ついつい食べてしまいました。翌日、体調が悪くなり激しい頭痛に襲われました。そして気付きました。心の中の子供の頃の僕が叫んでいることを。「まだお肉なんか食べてるの?あんなかわいい牛や豚をどうして平気な顔して食べられるの?」と。

そして今までの自分を振り返りました。

ペットとして犬や猫を飼い、かわいがりつつも牛肉や豚肉を平気で食べていた自分。もし、日本で犬や猫を食べる人が出てきたら「なんてひどい奴!」と非難されることでしょう。牛や豚だって同じ動物です。犬や猫はペットだから命は大切、牛や豚は食用だから命なんてどうだっていい・・・これが現在の常識です。僕はこの非常識な常識にすっかり染められていたんです。人は育った環境により左右される生き物ですから仕方のないことです。ですが僕はもう気付きました。もう肉は食べません。人間に食べられるために虐殺された動物たちを食べることはできません

肉を食べなくなり、僕の身体は今まで以上に調子が良くなりました。殺されるストレスを強く感じた動物は体内で人間に害のある成分を作り出すと、ある本に書いてありました。それが事実かどうかはわかりませんが、肉食をやめることで体調が良くなった人の話はよく聞きます。母に「どうして肉を食べないの?好き嫌いしていると身体に悪いよ」と言われましたが、間違いなく僕のほうが母より健康です。自分の身体でしっかり証明しました。人は肉を食べなくても生きていけるし、肉を食べないことで健康を手にいれることができることを。

牛の感動的な出産をテレビで見ながら「命って素晴らしいねぇ」と言いつつ、スキヤキを食べているギャグのような家庭で育ったのは僕だけではないと思います。家畜を仕事にして生きている人、精肉店、飲食店などありますから、全ての人が肉食をやめる必要は今のところないと思います。

ただこの日本の隅っこにいる僕のブログを読んで「肉を食べるのをやめよう」とか「肉を食べるのを減らしてみよう」と思ってくれる人がひとりでもいてくれたら満足です。

僕に食べられるために虐殺された動物たちへの、せめてもの罪滅ぼしに。

そして、食用のための虐殺は常識だと教えられるかわいそうな子供たちが少しでも減りますように。

きっとあなたの心の中でも叫んでいるであろう純粋な心の叫び声が、あなた自身にも届きますように。

【心の旅(フィクション)】 血まみれの手でありがとう

幼い少女が薄暗い空き地にポツンと座りこんでいました。

「どうしたの?おうちに帰らなくていいの?」

僕は歩み寄り、そう話しかけながら少女を見てギョッとしました。

少女の手は血まみれだったのです。

「大丈夫?ケガでもしたの?」

「うん、平気よ。フクロウおばさんを待ってるだけだから」

「そっか・・・人を待ってるんだね。でも手を洗わなきゃ」

「もう5時を過ぎてしまったからフクロウおばさんが来るまで一歩も動きたくないの」

いまいち事情が飲み込めなかったのですが、少女が大丈夫と言うので僕はその場を去ろうとしました。

「・・・待って・・・おじさん・・・」

遠慮がちに少女は僕を呼びとめました。

「どうしたの?」

「ひとつだけお願いがあるの」

「うん。なにかな?」

「あっちの道路でお犬さんが死んでいるの。おじさん埋めてあげて・・・」

「そっか、わかった。おじさんが埋めてあげるよ」

「ありがとう」

少女の言った道路に出ると子犬が血を流して死んでいました。きっと車にでもはねられたのでしょう。再度ひかれないように道の横のほうに寝かされていました。あの子の手が血まみれだったのはこの犬を道の横に運んだからなのだと気づきました。

死というものにまだ慣れていない少女が無残な犬の亡骸を見てどう思ったのか考えると胸が痛くなりました。

ようやく子犬を埋め終わると時間は6時になっていました。ふと少女のほうを見るとまだ少女は座っていました。少女はこちらを見ていて、その瞳は悲しい光を放ちながらも微かに笑っているようでした。

少女の口が動きました。ありがとうと言っているのだと声は聞こえませんでしたがわかりました。

「ありがとう」

いきなり耳元で声がして僕は驚きました。

声の主は50歳くらいのおばさんでした。この人がフクロウおばさんなのでしょうか。

いろいろと聞きたいこともあったのですが関わらないことにしました。

僕の手が少女と同じように血に染まっていて、それだけで何かわかりあえたような気持ちを感じて僕は満足していました。

なぜか僕もつぶやいていました。

「ありがとう」

レイキの好転反応

自然療法を行うと、元々悪かった所が一時的に更に悪化したように感じたり、倦怠感を感じたり、風邪のような症状が出たりといった好転反応が起こる場合があります。

好転反応とは、まさに身体が好転するために起こる反応のことで、身体の機能を調和させるために一時的に起こる現象で、東洋医学では常識的なものです。

レイキヒーリングはエネルギーによるヒーリングですから、もちろん好転反応が出やすいヒーリング法です。慢性的な疾患のある方、心に問題のある方のほうがより好転反応が起きやすく、健康な方でも稀に起こる場合があります。また、好転反応が起きなくてはいけないというものでもありませんので神経質になる必要はありません。

好転反応は一種の浄化作用ですから、水かお茶を多めに摂取すると良いでしょう。

されどトイレ掃除

毎日コツコツと家の掃除・片付けをしているんですが、トイレがどうも納得いかない日々が続いていました。

何が納得いかないのかというと、毎日せっせとトイレを磨いても、なかなかアンモニア臭のような臭いがとれなかったんです。磨き方が悪いのかな・・洗剤が悪いのかな・・・1週間ほど悩みました。

結局臭いの原因は別の所にあったわけで^^;

自分は絶対そこを汚さないから、そこが汚れるはずがない!そんな思い込みをしていた自分にとりあえず反省。トイレのような狭いスペースの掃除で悪戦苦闘していますが、自分の殻を破る良い経験ができ、掃除後は爽やかな気分になれました。

たかがトイレ掃除。

されどトイレ掃除。

気分爽快。

感謝です。

「シャンプー 子宮筋腫」

ブログにアクセス解析を設置してから、検索エンジンでどのようなキーワードで検索してこのブログへやって来たのかわかるようになりました。

毎週必ずといって来てくださるのが「シャンプー 子宮筋腫」で検索した方々です。以前、レイキ洗髪で子宮筋腫を防ごう!と書いたからヒットしているんですね。しかし、みんながみんなレイキを使えるわけではないですよね。シャンプーが子宮筋腫の原因になっていると知り、検索して辿り着いた方へ少しでも力になれればと思い、妻が5年以上続けている子宮筋腫対策を書くことにします。

【シャンプー】

頭皮から、シャンプーに含まれる有害な成分を吸収して子宮筋腫が育つという説があります。今では無添加シャンプーも出まわっていますが、やはり保存料は必要ですし完全無添加とはいかないようです。妻は固形の無添加石鹸を使っています。固形の無添加石鹸以上の無添加はないからです。ショッピングセンターなどで1個150円~200円近くで売られていますが、案外100円ショップのほうが2個で100円とか3個で100円で売っていて無添加としての質も良いです。

【リンス】

シャンプーと同じく、頭皮から有害な成分を吸収してしまいます。代用として、酢またはクエン酸をお湯で薄め髪に馴染ませます。無添加石鹸でアルカリ性になった髪を弱酸性に戻すためです。これをしないと髪はバサバサになります。

【髪染め】

一般で売られている髪染め剤もかなり有害で頭皮から吸収されていきます。母が言うには難聴を引き起こす可能性もあるとか。妻は天然成分の髪染め剤である「ヘナ」というものを使っています。臭いが独特ですが染めた後に紅茶でリンスすると臭いが和らぎます。「ヘナ」で検索すると愛用者が詳しく説明したページがいくつか出てくるので参考になります。

【タンポン】

タンポンは漂白剤を使用しています。それを直接体内へ入れるわけですから有害なのは当然です。可能ならば使わないほうがいいでしょう。

今や女性の3人に1人は子宮筋腫があると言われています。身体を気遣う女性はこれらのことを頭に入れながら子宮筋腫を育たせないようにする努力が必要だと思います。

髪にツヤを与えサラサラにすることのみを追求している市販のシャンプー・リンス。確かに見た目は美しくなるでしょうが、無添加のもので自分の身体を気遣いいたわり、自分自身を愛している女性のほうが僕には輝いて見えるのです。

タダであげます

僕は7歳のときに両親と離れて暮らし始めました。

父が獣医で、家畜の多い田舎町で仕事をしていて、田舎で育つよりは鹿児島市で育ったほうが将来有望だろうという親の勝手な理由で7歳だった僕を突き放したのです。月に1,2回は会えましたが親の温もりが欲しい年頃だったのでとても辛かったでした。もちろん、7歳の僕には離れ離れに暮らさなくてはいけない意味は理解できていませんでした。

小学校高学年になり、勉強が出来るようになるために親と離れて暮らすことになったんだと理解したので、ひたすら勉強しました。中学に上がった頃にはクラスで1番になっていました。当時通っていた進学塾でも上位をキープしていました。今は無いかもしれませんが育英社のテストという全国規模のテストがあり、数学で満点を取りました。他にも満点の人はいたようですが一応全国一位です(笑)

もうここまでくると塾の順位を一つ上げるだけでも一苦労です。それでも成績を上げることが親との唯一の繋がりのような気がしていた僕はひたすら勉強して確実に毎月順位を上げていっていました。そして、いつものように順位を上げ、母に誉めてもらえるとワクワクしながら僕は報告しました。しかし、たまたまその日は母の機嫌が悪かったのか、母からは信じられない言葉が返ってきて僕の心は一瞬でガタガタに壊れてしまいました。

もう勉強しても母は誉めてくれない・・・そもそも親との繋がりってなんだ?

心の弱かった僕は完全に崩壊し、その日から僕は勉強することをやめました。

万引き、登校拒否、学校の窓ガラスを割る 僕の知らない自分が僕を支配しはじめました。なんとか登校日数ギリギリで中学は卒業できたものの高校へは行く気がしませんでした。しかしそこは親に説得され、勉強していなかったわりにはすんなり公立高校に入学できました。

そして、17歳のとき父が突然死しました。

借金もあったので「もう小遣いはやれない」と言われ、17歳でお小遣いがないのは耐えられなかったので夜にバイトを始めました。バイトを許可する条件として、「勉強と両立すること」と母と約束をしたので夜10時までバイトをしてそれから勉強をする日々が続きました。父が亡くなったのをきっかけに僕は自分自身変われる気がして、見事バイトと勉強を両立させて成績を上げていきました。こんな充実した日々は久しぶりでした。

そして待ちに待った給料日、確か5万円くらいだったと思います。成績も上がり給料までもらい、最高の気分でいた僕に母は言いました。

「高校生がそんなたくさんもらうもんじゃない。全部よこしなさい」

はぁ?バイトをするための条件だとか色々決めさせておいて、それはないでしょ?

家族のために働く子供の話などは良く聞いていたし、僕も出来た人間ならそうしていたかもしれませんが、僕にはそんな心の余裕はありませんでした。そして、期待させて蹴落とすような手口に、回復したてでまだまだ弱かった僕の心は簡単に崩壊しました。

勉強も高校も辞め、しばらくして僕は家を飛び出ました。人の家に泊まりこみ、まさにその日暮らしの日々。それから10年以上たちましたが、僕に残された肩書きは『高校中退』なので、思うような仕事にも就けず、就職しても長くは続きませんでした。

そしてレイキと出会いました。太陽の光がどんな人にも平等に降り注ぐように、レイキは僕の経歴には目もくれず、温かく自分と人を癒す力を与えてくれました。

レイキはトラウマも癒すことができます。僕のこのわけのわからないトラウマもレイキで解消できるのでしょうけど、僕は高等学校卒業程度認定試験を受けることで解決しようと決めました。昔で言うところの大検ですね。この歳で大学に行ってもしょうがないので(笑)ケジメをつけるという気持ちで高認試験を受けました。

僕は、かごしまレイキ教室としてレイキを人に教えていますが、本業は0歳の子育てです^^;子育ての合間にレイキを教え、その合間に勉強し受験しました。

そして先日、結果が届きました。無事合格でした。これで実生活に大きな変化が出るわけではないのですが、子供の頃から蓄積していた心の傷がかなり癒えました。本当に良かったです。

で、前置きがかなり長くなってしまいましたが・・・・高認試験の過去問題集がもう不要になりましたので必要な方に無料で差し上げたいと思います。他の問題集は一切使いませんでした。この過去問題集だけで合格できます。買うと結構高いです(笑)

  • 高校に行かなかった人
  • やむをえず高校を中退した人
  • 大学を受験したい人
  • 高卒以上の学歴がないと受けることのできない資格試験を受けたい人

このような人は誰でも受けることが出来ます。このような方、またはこのようなお子さんのいる方、高認試験という道がありますので是非、夢を諦めないでほしいです。

必要な方はお気軽にどうぞ^^